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南果歩さんは短大在学中の1984年に映画「伽耶子のために」ヒロインに2200人の中から選べれて主役で映画デビユーしています
桐朋学園短期大学は在学中は芸能活動を禁止していたが、規約改正大号となり映画出演を果たしています。
南果歩さんは2007年1月11日放送のNHK総合のトーク番組「スタジオパークからこんにちは」内で自身が在日3世であること告白しています。
今回改めて南果歩さんの凄すぎる本名&韓国人のルーツを徹底調査して紹介します。
- 南果歩の本名は?
- 南果歩の在日韓国人?ハーフ?
- 南果歩のプロフィール
- さいごに
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南果歩の本名は?
南果歩(みなみかほ)が本名です。1964年1月20日生まれ、兵庫県尼崎市出身です。
芸名も同じ南果歩です。
南さんの苗字のルーツは唐の時代までさかのぼる
唐の時代、玄宗皇帝の仕えた役人の金大鐘(古事記編纂年の712年生まれだから、祝、誕生1300年!)という人物にまでさかのぼる。
金大鐘は42歳の時に使者として日本に行った帰りに、船が難破し、朝鮮半島に漂着。
朝鮮半島では南大鐘と名を変え、新羅の王に使え、政治の補佐をしていたと言う。南(ナム)の姓は金大鐘が中国の汝南の出身であることから、南と言う姓を王から与えられたという。
南果歩さんの南と言う姓は唐の時代の汝南出身と言うことで新羅の王が敬意をもって与えたと言うことです。凄いロマンを感じます。
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南果歩は在日韓国人?ハーフ?
南果歩は2007年にテレビ番組の中で在日韓国人3世であることを明かす。
結論から言うと南果歩さんは在日韓国人3世です。ハーフでもありません。
南果歩さんの本名のツールは、唐の時代に遡ります。
2012年12月24日放送のNHK総合のドキュメンタリー番組『ファミリーヒストリー』では一族が取り上げられています。
- 母方の祖父は韓国慶尚北道出身で両班の家系、さらに遡ると唐の役人であったと称している(南敏、英陽南氏)。
- 祖父は韓国では漢文を教えていたが、家族を養うために武具職人として1937年に和歌山市に移住。
- 1940年に家族を呼び寄せ、京都市に転居し、第二次世界大戦終戦後に尼崎市へ転居し、1981年に死去。
- 祖父の意思により、祖父母共に韓国に埋葬されています。
高校生時代に在日コリアンであることを公表していた
プライベートでは、南果歩さんは在日コリアンであるという自身のルーツをオープンにしています。
高校生時代、特別課外活動の時間にマイクを握り、全生徒の前に在日であることを明かしています。
芸能界デビュー後はしばらく公表を控えていましたが、エッセーでルーツについて書くようになり、2007年にテレビ番組の中で在日3世であることを明かしています。
南果歩さんは自身のアイデンティティをを誇らしく思っていることだと思います。これだけの祖先から脈々続いていることに本当に感銘をうけます。
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南果歩のプロフィール
- 本名:南果歩(みなみかほ)
- 生年月日:1964年1月20日
- 出生地:兵庫県尼崎市
- 星座:みずがめ座
- 身長:162cm
- 血液型:A型
- 学歴:桐朋学園短期大学部卒業
- 職業:俳優
- 趣味:英会話
- ジャンル:」映画、テレビドラマ、舞台
- 活動期間:1984年-
- 配偶者:辻仁成(1995年-2000年)
渡辺兼(2005年-2018年) - 著名な家族:長男・南依岐(画家)
- 事務所:Shsnties(ホリ・エージェンシー業務提携=2022年2月まで)
生い立ち
南果歩さんは兵庫県尼崎市で、5人兄弟の末っ子として生まれています。尼崎市の住宅街の一軒家で両親5人姉妹の7人暮らしだったといいます。
父親・母親
お父さんは建築会社を経営していましたが、南果歩さんが小学2年生の時に倒産しています。このことがきかっかけで両親は離婚したようです。お父さんの情報はありません。
南果歩さんの母親は直江(チャンシク)さんです。お父さんの会社が倒産したことで、女手一つで子供たちを育てることになり南果歩さんのおじいちゃんの援助を受けて喫茶店を開店。
母の直江さんは地元で開いたお店「BON」と言う喫茶店を皮切りに飲食店を経営していたそうです。南果歩さんの妊娠をきっかけに60歳ですべての店を譲り、東京に上京して南果歩さんの自宅近くで一人暮らしをし、大好きなゴルフやマージャンなどの趣味を楽しんでいるそうです。
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南果歩の経歴
南果歩さんは短大在学中に映画「伽耶子のために」のヒロイン役オーデイションに応募して2200人の中から選ばれて主役でデビューしています。
短大卒業後は
- 1985年にテレビ小説(TBS系列に昼ドラマ)「五度半」のヒロイン役でテレビデビュー
- 1986年9月には坂東玉三郎演出の「ロミオとジュエット」のジュエット役で初舞台
- 1989年には「夢見通りの人々」等の映画で助演女優賞を送られています。
- さらに南果歩さんは映画、テレビ、舞台と女優業を中心に活躍されて各賞を輝いています。
- 第19回高崎映画祭最優秀助演女優賞
- 日刊スポーツ映画大賞助演女優賞
- ブルーリボン蒋助演女優賞
- 第12回バッカーズ演劇奨励賞
など受賞されています。
私生活では2度の結婚と離婚を経験
最初の元旦那・辻仁成(1995年~2000年)
南果歩さんは1995年最初の結婚相手は、作家・アーティストの辻仁成と結婚。一人息子(南依岐)を設けましたが、5年後に離婚されています。
2003年1月にテレビ東京の2時間ドラマ「異端の夏」で共演した俳優の渡辺兼さんと2005年12月3日に2度目の結婚しましたが、2018年5月17日に離婚されています。
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さいごに
南果歩さんは本名で、南果歩さんのツールは唐の時代
南果歩の先祖は、唐の時代、玄宗皇帝に仕えた金大鐘という人物、金大鐘は42歳の時に使者として日本にいった帰り船が難破して朝鮮半島に漂着しています。
朝鮮半島では南金忠と名を変え、新羅の王につかえ政治の補佐をしていたと言う。
南果歩さんの母方の祖父は韓国慶尚北道出身の両班の家系です。
南果歩さんは学生時代に在日韓国人3世であることをオープンにしていましたが、2007年のテレビ番組で在日韓国人3世であることを明かしています。
芸能界デビューしてからは在日韓国人3世であることを自ら話さなかったようです。
それにしても南果歩さんの本名は歴史を感じえません。
私生活では2度の離婚を乗り越え自身の体調も崩され、それを乗り越え、現在は孫に恵まれて心身とも充実していると思います。
これからも南果歩さんを応援して行きたいと思います。
さいごまで、ご覧くださりありがとうございます。
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