【画像156枚】山口百恵:若い頃の存在感とカッコ良さがまさに伝説!どれだけ凄かをかったの同年世代の69歳が解説

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わずか7年半の芸能生活で伝説の歌姫まで言われた山口百恵さんの若い頃の魅力を探ってみたいと思い記事を書いています。

普通の少女が周りの大人たちに囲まれても自分を見失いで、それどころかみんな山口百恵の虜になってしまう。

そんな山口百恵の魅力を写真で振りかえって皆さんと共有したいと思います。

山口百恵若い頃年表

山口百恵若い頃画像②1975年(16歳)東宝映画「潮騒」公開東宝映画「絶唱」公開TBSドラマ赤い疑惑放送開始から1976年(17歳)東宝映画「エデンの海」公開TBSドラマ赤い運命放送開始東宝映画「風立ちぬ」公開東宝映画『春琴抄

山口百恵若い頃画像②1975年(16歳)東宝映画「潮騒」公開東宝映画「絶唱」公開TBSドラマ赤い疑惑放送開始から1976年(17歳)東宝映画「エデンの海」公開TBSドラマ赤い運命放送開始東宝映画「風立ちぬ」公開東宝映画『春琴抄

山口百恵の若い頃画像④1977年(18歳)武道館で高3トリオ解散コンサート映画「春琴抄」カンヌ映画祭へ東宝映画「どろだらけの純情」公開東宝映画「霧の旗」公開1978年(19歳)東宝映画「振りむけば愛」公開東宝映画「炎の舞」公開NHK紅白歌合戦で山口百恵歳少年トリ


山口百恵の若い頃画像④1977年(18歳)武道館で高3トリオ解散コンサート映画「春琴抄」カンヌ映画祭へ東宝映画「どろだらけの純情」公開東宝映画「霧の旗」公開1978年(19歳)東宝映画「振りむけば愛」公開東宝映画「炎の舞」公開NHK紅白歌合戦で山口百恵歳少年トリ

山口百恵若い頃画像⑤1979年(20歳)東宝映画「ホワイト・ラブ」公開大阪厚生年金ホールで恋人宣言東宝映画「天使の誘惑」公開NHK紅白歌合戦最後の出場から1980年(21歳)東京プリンスホテルで「婚約発表と引退宣言」TBSドラマ赤い死線」放送開始最後の主演映画「古都」公開東京赤坂霊南坂教会で挙式


山口百恵若い頃画像⑤1979年(20歳)東宝映画「ホワイト・ラブ」公開大阪厚生年金ホールで恋人宣言東宝映画「天使の誘惑」公開NHK紅白歌合戦最後の出場から1980年(21歳)東京プリンスホテルで「婚約発表と引退宣言」TBSドラマ赤い死線」放送開始最後の主演映画「古都」公開東京赤坂霊南坂教会で挙式

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若い頃の山口百恵1972年(13歳)

1972年12月、オーデション番組「スター誕生」で合格し、デビューしています。

この番組に応募した動機は同じ13歳の森昌子が合格してテレビですでに活躍しています。

その様子を見て私もやりたいと思ったのが応募のきっかけと言いいます。

もう一つ山口百恵は歌手になって母親に楽をさせてやりたいと強い気持ちをもっていました。

この山口百恵の強い気持ちが動かしたことは間違いないと著者は感じています。

そうでなければあんなに舞台で堂々とした振る舞いはできないと思います。

13歳にしては落ち着いています。この時から風格がうかがえます。
山口百恵の若い頃画像⑦1972年(13歳)


山口百恵の若い頃画像⑦1972年(13歳)

この時は、母親と妹とはついてきています
「落ちた時の慰めのために」来ていたそうです。
でも山口百恵は

結果発表を聞く前に

山口百恵
山口百恵

自分は歌手になれる

と確信していたそうですからもの凄い自身です。

この時点から違いますね。

当時テレビをリアルタイムで見ていた著者も合格すると思っていました。

他の人と違って、風格と言うか佇まいにしてももう出来上がっているように見えたからです。

もう、そこにいるだけでスター性を感じるほどのオーラのようなものがあったと言っても過言ではなかったと思います。

昭和の伝説の歌姫誕生です。
山口百恵の若い頃の画像➇1972年(13歳)


山口百恵の若い頃の画像➇1972年(13歳)

そして、あとで花の中三人トリオと言われる桜田淳子、も同じ番組で合格していたのです。

この後山口百恵はデビューして東京に出てくるのですが、宿泊先がなんと森昌子に家に同居することになります、さらに昌子と一緒の部屋なのですから人生ってわかんないもんです。

そして純子とは中学同じクラスになるのです。

まさにこの3人は運命的にこの時、出会っていたのです

山口百恵の若い頃画像➈1972年(13歳)


山口百恵の若い頃画像➈1972年(13歳)

三人のスター誕生のオーディションの時の画像です。
山口百恵の若い頃画像➉1973年(14歳)


山口百恵の若い頃画像⑩1972年(13歳)から1973年(14歳)

ここに花の中さんトリオが誕生したのです。

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若い頃の山口百恵1973年(14歳)

この年の主な行事です
  • この年山口百恵は「としごろ」で、デビューしています。
  • 映画初出演が決まりデビューしています。
  • テレビドラマも初出演、宇津井健と初共演しています。

昭和48年5月21日山口百恵は「としごろ」でデビューしています。
どうぞ聞いてみてください。
山口百恵さんと同じ時代を生きてきた世代の人たちは、青春が蘇ると思います。

この「としごろ」という曲は会社が思っていた以上に売れなかったと言われています。

著者は今でもこの「としごろ」はいい曲だと思っています。

この年映画に初出演し映画の題名は「としごろ」となっていますが、山口百恵の歌の曲名とはまったく関係のない映画です。

主演は和田アキ子で準主役が同じホリプロの森昌子と石川さゆりです。

山口百恵はこの時はちょい役でしかありませんでした。
山口百恵の若い頃画像⑪1973年(14歳)


山口百恵の若い頃画像⑪1973年(14歳)

昭和48年10月に「顔で笑って」でテレビ初出演!

芸能界の父となる宇津井健と初共演することになります。

この頃は山口百恵がお背も押されず大スターになるとは誰も想像つかなかったと思います。

山口百恵はそれから何人もの人に恵まれることになりもって生まれた才能と人徳かもしれません。

山口百恵が1973年14歳の時に発売したCD作品

  5月21日 「としごろ」シングル 山口百恵の若い頃画像⑯1973年(14歳)
  8月21日 「ファースト」としごろ
  9月1日  「青い果実」シングル
  11月21日 「禁じられた遊び」シングル
  12月21日  「青い果実/禁じられた遊び」LP

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若い頃の山口百恵1974年(15歳)

デビューして1年目の姿からは、まだ将来、伝説の歌姫と呼ばれる存在になるとは誰も想像できなかったと思います。

リアルタイムで山口百恵さんを観ていた私自身、想像もできませんでした。

しかし、「青い果実」、「ひと夏の経験」の爆発ヒットによってスターの不動の地位を築いったのです。

山口百恵の若い頃画像⑰1974年(15歳)

山口百恵の若い頃画像⑰1974年(15歳)

1974年の主な出来事です。
  • 山口百恵の誕生日が3回も開かれる。
  • 花の中三トリオから花の高一トリオへ。
  • テレビドラマ「赤い迷路」が始まる。
  • 山口百恵と三浦友和が初めて出会う。
  • 山口百恵の主演映画「伊豆の踊子」に三浦友和が相手役にきまる。

昭和49年1月17日は山口百恵の誕生日だけど3回も開催?

①1回目は1月15日にTBSドラマ「顔で笑って」の父親役の宇津井健とスタッフのメンバーで開いて祝ってもらっています。

②そして、17日当日はお母さんと妹の淑惠さんを滞在していたホテルに招いて事務所の人たち祝っています。

➂日にち変わって18日は花の3人トリオとホリプロ3人娘が祝ってもらっています。

山口百恵はデビュー2年目でお母さん妹、森昌子、桜田純子、石川さより、スタッフの皆さんからこれだけ盛大な誕生日を祝ってもらって嬉しかったと思います。

山口百恵の若い頃⑱1974年(15歳)


山口百恵の若い頃⑱1974年(15歳

昭和49年4月

山口百恵、桜田純子、森昌子は高校に入学しています。

花の中三トリオとして頑張ってきて、いよいよ三人共も今度は別々の高校に進学しています。

山口百恵の若い頃⑲1974年(15歳)


山口百恵の若い頃⑲1974年(15歳)

・森昌子は小野学園女子高等学校に入学その後堀越高等学校に転入して卒業。

・桜田純子は在学していた品川中学校から姉妹校の品川高校に進学のちに国本女子高等学校に転入して卒業。

・山口百恵は日出女子学園に入学。

なぜ日出女子学園を選んだのかと言う質問に対し、「堀越学園みたいなタレント高校で特別扱いされたくないと」と述べたと言います。

この発言からも山口百恵は、当時から自分の意志をしっかり持っている事がうかがえます。

山口百恵はデビュー曲が全く売れなかった!

そこで、名プロデューサー酒井正利が千家和也に「青い果実」で行きましょうと連絡して、千家和也や詩を作ったそうです。

その歌が爆発的にヒットして、巷では青い性路線と言われています。

なぜなら、この曲は当時青春時代を過ごしていた世代の人なら誰でも知っていると思います。

そうです「ひと夏の経験」がヒットになり、山口百恵を一躍トップスターに押し上げたのです。

詳しくはこちら
音楽プロディーサーの酒井政利氏1935年~2021年(86歳)没


音楽プロディーサーの酒井政利氏1935年~2021年(86歳)没

作詞家千家和也・作曲家都倉俊一が作った作品です。

これは爆発大ヒット。

作詞家千家和也氏1946年~2019年(73歳)没


作詞家千家和也氏1946年~2019年(73歳)没

作曲家都倉俊一氏1948年6月21日(75歳)


作曲家都倉俊一氏1948年6月21日(75歳)

千家和也・都倉俊一この二人によって山口百恵の基礎を作ったと思います。

著者はデビュー曲の「としごろ」はいいと思っています。けれど「青い果実」「ひと夏の経験」の爆発的売れたおかげで山口百恵をスターに駆け上がったことは間違いありません。山口百恵の年と歌のミスマッチが受けたと思います。

昭和49年6月に三浦友和と出会う

それは偶然の出会い。

なぜ三浦友和がえらばれたのでしょうか?

山口百恵の若い頃画像⑲1974年(15歳)三浦友和とグリコのCM に出演


山口百恵の若い頃画像⑲1974年(15歳)三浦友和とグリコのCM に出演

① まえに撮影した映像を見るとなぜかしっくりこなくて急遽取り直しに。

② コマーシャル放映開始まで時間がなく近くにいいところがないか探して砧緑地公園が選ばれた。

➂ 三浦友和が選ばれたわけは売れっ子の俳優さんはスケジュールでいっぱいでダメでそこで爽やかでイメージがよく三浦友和がいた。

④ 撮影してみたら、息がピッタリでグリコのコマーシャルも大変評判がよかった。

以上の理由で、相手役に三浦友和が選ばれたそうです。

それは全く偶然の出会いですね。

昭和49年9月に山口百恵主演映画が発表されました。

それは川端康成原作「伊豆の踊子」監督西村克己

山口百恵の若い頃画像⑳1974年東宝映画「伊豆の踊子」(15歳)


山口百恵の若い頃画像⑳1974年東宝映画「伊豆の踊子」(15歳)

この作品は昭和38年に吉永小百合の主演で映画化されていますが、その時の監督であった西川克己。「伊豆の踊子」は、何と5回も映画化されています。

歴代の女優の顔ぶれが凄すぎます。

田中絹代、馬渕晴子、美空ひばり、吉永小百合、内藤洋子、歴代の女優の顔ぶれが凄いです
「伊豆の踊子」歴代の女優、田中絹代、馬淵晴子、美空ひばり、吉永小百合、内藤洋子


「伊豆の踊子」歴代の女優、田中絹代、馬淵晴子、美空ひばり、吉永小百合、内藤洋子

主演した女優さんは全員成功していると言います。

そこに山口百恵を充てたのは山口百恵を女優として売り出そうとしていたホリプロが、いかに百恵に力を入れているか分かります。

そこで、相手役を一般から募集をしましたが、最終的に、グリコのコマシャールでコンビを組んで評判がよかった三浦友和に決めという結論です。

「伊豆の踊子」で共演した二人はこの後映画界の稼ぎ頭になっていきます。

そして二人は「ゴールデンコンビ」呼ばれていきます。

山口百恵の若い頃画像㉑1974年(15歳)東宝映画「伊豆の踊子」


山口百恵の若い頃画像㉑1974年(15歳)東宝映画「伊豆の踊子」

この年の12月31日第16日本回レコード大賞「ひと夏の経験」で大衆賞で受賞しています。

1974年12月31日NHK紅白歌合戦の画像です。

山口百恵の若い頃画像㉒1974年(15歳)NHK紅白歌合戦初出場


山口百恵の若い頃画像㉒1974年(15歳)NHK紅白歌合戦初出場

山口百恵はこの年に紅白歌合戦に初出場しています。

山口百恵の凛としている姿がいいですね。

山口百恵が1974年15歳の時に発売したCD作品

  3月1日  「春風のいたずら」シングル
  4月21日 「15歳のテーマ百恵の季節」LP
  6月1日  「ひと夏の経験」シングル
  8月1日  「15歳のテーマひと夏の経験]LP
  9月1日  「ちっぽけな感傷」シングル
  11月1日  「山口百恵ヒット全曲集」LP
     12月1日  「冬の色」シングルと
  12月1日  「15歳」 LP

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