【画像156枚】山口百恵の若い頃がカッコ良すぎる!「伝説の歌姫」がマイクを置いた真相と、品川一等地マンション・巨額印税を巡る確実な資産形成術!

エンタメ

わずか7年半の芸能生活で伝説の歌姫まで言われた山口百恵さんの若い頃の魅力を探ってみたいと思い記事を書いています。

普通の少女が周りの大人たちに囲まれても自分を見失いで、それどころかみんな山口百恵の虜になってしまう。

そんな山口百恵の魅力を写真で振りかえって皆さんと共有したいと思います。

14歳でのデビューから、わずか7年半という短い芸能生活のなかで、日本音楽界の頂点へと登り詰めた伝説の歌姫・山口百恵さん。

時代の寵児となりながらも、21歳という若さで愛する三浦友和さんとの結婚を機に、未練を一切残さず潔くマイクを置いた姿は、今なお「神話」として語り継がれています。

今回は、見る者の心を奪う156枚の貴重な画像とともに彼女の歩みを徹底検証。

さらに、数々の名曲がもたらす驚異の**「知的財産(著作権・印税管理)」や、結婚当初に購入した品川一等地の高級マンションから現在の国立の邸宅へと続く「手堅い不動産・資産運用」**、そして夫婦で築き上げた理想のセカンドライフプランの全貌に迫ります。

山口百恵若い頃年表

山口百恵若い頃画像②1975年(16歳)東宝映画「潮騒」公開東宝映画「絶唱」公開TBSドラマ赤い疑惑放送開始から1976年(17歳)東宝映画「エデンの海」公開TBSドラマ赤い運命放送開始東宝映画「風立ちぬ」公開東宝映画『春琴抄

山口百恵若い頃画像②1975年(16歳)東宝映画「潮騒」公開東宝映画「絶唱」公開TBSドラマ赤い疑惑放送開始から1976年(17歳)東宝映画「エデンの海」公開TBSドラマ赤い運命放送開始東宝映画「風立ちぬ」公開東宝映画『春琴抄

山口百恵の若い頃画像④1977年(18歳)武道館で高3トリオ解散コンサート映画「春琴抄」カンヌ映画祭へ東宝映画「どろだらけの純情」公開東宝映画「霧の旗」公開1978年(19歳)東宝映画「振りむけば愛」公開東宝映画「炎の舞」公開NHK紅白歌合戦で山口百恵歳少年トリ


山口百恵の若い頃画像④1977年(18歳)武道館で高3トリオ解散コンサート映画「春琴抄」カンヌ映画祭へ東宝映画「どろだらけの純情」公開東宝映画「霧の旗」公開1978年(19歳)東宝映画「振りむけば愛」公開東宝映画「炎の舞」公開NHK紅白歌合戦で山口百恵歳少年トリ

山口百恵若い頃画像⑤1979年(20歳)東宝映画「ホワイト・ラブ」公開大阪厚生年金ホールで恋人宣言東宝映画「天使の誘惑」公開NHK紅白歌合戦最後の出場から1980年(21歳)東京プリンスホテルで「婚約発表と引退宣言」TBSドラマ赤い死線」放送開始最後の主演映画「古都」公開東京赤坂霊南坂教会で挙式


山口百恵若い頃画像⑤1979年(20歳)東宝映画「ホワイト・ラブ」公開大阪厚生年金ホールで恋人宣言東宝映画「天使の誘惑」公開NHK紅白歌合戦最後の出場から1980年(21歳)東京プリンスホテルで「婚約発表と引退宣言」TBSドラマ赤い死線」放送開始最後の主演映画「古都」公開東京赤坂霊南坂教会で挙式

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  1. 若い頃の山口百恵1972年(13歳)
  2. 若い頃の山口百恵1973年(14歳)
  3. 若い頃の山口百恵1974年(15歳)
    1. 昭和49年1月17日は山口百恵の誕生日だけど3回も開催?
    2. 山口百恵はデビュー曲が全く売れなかった!
    3. 昭和49年6月に三浦友和と出会う
    4. 山口百恵が1974年15歳の時に発売したCD作品
  4. 若い頃の山口百恵1975年(16歳)
    1. 1975年8月12日花の高2トリオ初恋時代公開
    2. 197510月3日TBSドラマ「赤い疑惑」山口百恵主演!
    3. 1975年12月20日山口百恵主演映画第3弾「絶唱」が公開
    4. 山口百恵が1975年16歳の時に出したCD作品
  5. 若い頃の山口百恵1976年(17歳)
    1. 昭和51年4月に山口百恵主演のTBSドラマ「赤い運命」がスタート
    2. 昭和51年7月31日山口百恵映画主演第5弾が公開
    3. 昭和51年11月TBS「赤いシリーズ」第4弾が放映開始
    4. 昭和52年の新春を飾る東宝正月映画に山口百恵に決まる
    5. 山口百恵が1976年17歳時に出したCD先品
  6. 若い頃の山口百恵1977年(18歳)
    1. 昭和52月27日日本武道館で引退コンサート開催
    2. 山口百恵が主演した映画「春琴抄」がフランスのカンヌ「映画祭」に出品された
    3. テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で山口百恵主演ドラマが放映!伊藤左千夫原作の小説作である「野菊の墓」
    4. 山口百恵・三浦友和のゴールデンコンビによる第6弾東宝映画「泥だらけの純情」が公開
    5. 同年年10月TBS日曜劇場で山口百恵が主演女優で「美しい橋」に決まる
    6. 昭和52年12月山口百恵「赤いシリーズ」第6弾「赤い絆」で主演復活
    7. 山口百恵・三浦友和ゴールデンコンビ第7弾が松本清張の「霧の旗」に決定
    8. 山口百恵が1977年18歳時に出したCD作品
  7. 若い頃の山口百恵1978年(19歳)
    1. 昭和53年4月6日スター誕生第443回で萩本欽一が番組から降板
    2. 山口百恵・三浦友和ゴールデンコンビによる主演映画第9弾「炎の舞」
    3. NHK紅白歌合戦で山口百恵史上最年少のトリ決定
    4. プレイバックPart2を熱唱
    5. 山口百恵が1978年19歳の時に出したCD作品
  8. 若い頃の山口百恵1979年(20歳)
    1. 平岩弓枝ドラマシリーズ
    2. 山口百恵・三浦友和主演第10弾は原作は一般人
    3. 昭和54年8月23日第5回日本テレビ音楽祭「トップアイドル賞受賞」
    4. 昭和54年11月8日山口百恵・三浦友和主演映画第十一作品「天使の誘惑」制作発表
    5. 山口百恵が1979年20歳の時に出したCD作品
  9. 若い頃の山口百恵1980年(21歳)
    1. 【山口百恵と三浦友和が記者会見を開く】
    2. 山口百恵が1980年21歳の時に出したCD作品
  10. 山口百恵の着物姿の画像を集めました
  11. 著名人がなぜ皆、山口百恵の虜になるのかを探ってみた魅力に迫るエピソード6選
    1. ①「真夜中の廊下が明るくなった」
    2. ②山口百恵は特別だった
    3. ➂「あなたは歌手は辞めた方がいい、ドラマの妹役ぐらいならいいけど」
    4. ④山口百恵の強烈なファン
    5. ⑤山口百恵強烈ファン2
    6. ⑥山口百恵は菩薩である
  12. 山口百恵のプロフィール
  13. 山口百恵と三浦友和の若い頃から現在の自宅まで

若い頃の山口百恵1972年(13歳)

1972年12月、オーデション番組「スター誕生」で合格し、デビューしています。

この番組に応募した動機は同じ13歳の森昌子が合格してテレビですでに活躍しています。

その様子を見て私もやりたいと思ったのが応募のきっかけと言いいます。

もう一つ山口百恵は歌手になって母親に楽をさせてやりたいと強い気持ちをもっていました。

この山口百恵の強い気持ちが動かしたことは間違いないと著者は感じています。

そうでなければあんなに舞台で堂々とした振る舞いはできないと思います。

「歌手になって、女手一つで育ててくれた母親に楽をさせてやりたい」という、13歳にしてあまりにも早熟で強固なハングリー精神を持っていた百恵さん。

彼女がステージで見せたあのブレない佇まいと圧倒的なオーラは、家族を守るという確固たる意志から生まれたものでした。

現代においても、大切な家族の未来や生活基盤を守るための**「生前からの確実なライフプラン設計」や「次世代へのスムーズな資産整理(生前贈与・相続対策)」**の重要性を、彼女の気高いバックボーンが物語っています。

13歳にしては落ち着いています。この時から風格がうかがえます。
山口百恵の若い頃画像⑦1972年(13歳)


山口百恵の若い頃画像⑦1972年(13歳)

この時は、母親と妹とはついてきています
「落ちた時の慰めのために」来ていたそうです。
でも山口百恵は

結果発表を聞く前に

山口百恵
山口百恵

自分は歌手になれる

と確信していたそうですからもの凄い自身です。

この時点から違いますね。

当時テレビをリアルタイムで見ていた著者も合格すると思っていました。

他の人と違って、風格と言うか佇まいにしてももう出来上がっているように見えたからです。

もう、そこにいるだけでスター性を感じるほどのオーラのようなものがあったと言っても過言ではなかったと思います。

昭和の伝説の歌姫誕生です。
山口百恵の若い頃の画像➇1972年(13歳)


山口百恵の若い頃の画像➇1972年(13歳)

そして、あとで花の中三人トリオと言われる桜田淳子、も同じ番組で合格していたのです。

この後山口百恵はデビューして東京に出てくるのですが、宿泊先がなんと森昌子に家に同居することになります、さらに昌子と一緒の部屋なのですから人生ってわかんないもんです。

そして純子とは中学同じクラスになるのです。

まさにこの3人は運命的にこの時、出会っていたのです

山口百恵の若い頃画像➈1972年(13歳)


山口百恵の若い頃画像➈1972年(13歳)

三人のスター誕生のオーディションの時の画像です。
山口百恵の若い頃画像➉1973年(14歳)


山口百恵の若い頃画像⑩1972年(13歳)から1973年(14歳)

ここに花の中さんトリオが誕生したのです。

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若い頃の山口百恵1973年(14歳)

この年の主な行事です
  • この年山口百恵は「としごろ」で、デビューしています。
  • 映画初出演が決まりデビューしています。
  • テレビドラマも初出演、宇津井健と初共演しています。

昭和48年5月21日山口百恵は「としごろ」でデビューしています。
どうぞ聞いてみてください。
山口百恵さんと同じ時代を生きてきた世代の人たちは、青春が蘇ると思います。

この「としごろ」という曲は会社が思っていた以上に売れなかったと言われています。

著者は今でもこの「としごろ」はいい曲だと思っています。

この年映画に初出演し映画の題名は「としごろ」となっていますが、山口百恵の歌の曲名とはまったく関係のない映画です。

主演は和田アキ子で準主役が同じホリプロの森昌子と石川さゆりです。

山口百恵はこの時はちょい役でしかありませんでした。
山口百恵の若い頃画像⑪1973年(14歳)


山口百恵の若い頃画像⑪1973年(14歳)

昭和48年10月に「顔で笑って」でテレビ初出演!

芸能界の父となる宇津井健と初共演することになります。

この頃は山口百恵がお背も押されず大スターになるとは誰も想像つかなかったと思います。

山口百恵はそれから何人もの人に恵まれることになりもって生まれた才能と人徳かもしれません。

山口百恵が1973年14歳の時に発売したCD作品

  5月21日 「としごろ」シングル 山口百恵の若い頃画像⑯1973年(14歳)
  8月21日 「ファースト」としごろ
  9月1日  「青い果実」シングル
  11月21日 「禁じられた遊び」シングル
  12月21日  「青い果実/禁じられた遊び」LP

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若い頃の山口百恵1974年(15歳)

デビューして1年目の姿からは、まだ将来、伝説の歌姫と呼ばれる存在になるとは誰も想像できなかったと思います。

リアルタイムで山口百恵さんを観ていた私自身、想像もできませんでした。

しかし、「青い果実」、「ひと夏の経験」の爆発ヒットによってスターの不動の地位を築いったのです。

山口百恵の若い頃画像⑰1974年(15歳)


山口百恵の若い頃画像⑰1974年(15歳)

1974年の主な出来事です。
  • 山口百恵の誕生日が3回も開かれる。
  • 花の中三トリオから花の高一トリオへ。
  • テレビドラマ「赤い迷路」が始まる。
  • 山口百恵と三浦友和が初めて出会う。
  • 山口百恵の主演映画「伊豆の踊子」に三浦友和が相手役にきまる。

昭和49年1月17日は山口百恵の誕生日だけど3回も開催?

①1回目は1月15日にTBSドラマ「顔で笑って」の父親役の宇津井健とスタッフのメンバーで開いて祝ってもらっています。

②そして、17日当日はお母さんと妹の淑惠さんを滞在していたホテルに招いて事務所の人たち祝っています。

➂日にち変わって18日は花の3人トリオとホリプロ3人娘が祝ってもらっています。

山口百恵はデビュー2年目でお母さん妹、森昌子、桜田純子、石川さより、スタッフの皆さんからこれだけ盛大な誕生日を祝ってもらって嬉しかったと思います。

山口百恵の若い頃⑱1974年(15歳)


山口百恵の若い頃⑱1974年(15歳

昭和49年4月

山口百恵、桜田純子、森昌子は高校に入学しています。

花の中三トリオとして頑張ってきて、いよいよ三人共も今度は別々の高校に進学しています。

山口百恵の若い頃⑲1974年(15歳)


山口百恵の若い頃⑲1974年(15歳)

・森昌子は小野学園女子高等学校に入学その後堀越高等学校に転入して卒業。

・桜田純子は在学していた品川中学校から姉妹校の品川高校に進学のちに国本女子高等学校に転入して卒業。

・山口百恵は日出女子学園に入学。

なぜ日出女子学園を選んだのかと言う質問に対し、「堀越学園みたいなタレント高校で特別扱いされたくないと」と述べたと言います。

この発言からも山口百恵は、当時から自分の意志をしっかり持っている事がうかがえます。

山口百恵はデビュー曲が全く売れなかった!

そこで、名プロデューサー酒井正利が千家和也に「青い果実」で行きましょうと連絡して、千家和也や詩を作ったそうです。

その歌が爆発的にヒットして、巷では青い性路線と言われています。

なぜなら、この曲は当時青春時代を過ごしていた世代の人なら誰でも知っていると思います。

そうです「ひと夏の経験」がヒットになり、山口百恵を一躍トップスターに押し上げたのです。

詳しくはこちら
音楽プロディーサーの酒井政利氏1935年~2021年(86歳)没


音楽プロディーサーの酒井政利氏1935年~2021年(86歳)没

作詞家千家和也・作曲家都倉俊一が作った作品です。

これは爆発大ヒット。

作詞家千家和也氏1946年~2019年(73歳)没


作詞家千家和也氏1946年~2019年(73歳)没

作曲家都倉俊一氏1948年6月21日(75歳)


作曲家都倉俊一氏1948年6月21日(75歳)

千家和也・都倉俊一この二人によって山口百恵の基礎を作ったと思います。

著者はデビュー曲の「としごろ」はいいと思っています。けれど「青い果実」「ひと夏の経験」の爆発的売れたおかげで山口百恵をスターに駆け上がったことは間違いありません。山口百恵の年と歌のミスマッチが受けたと思います。

昭和49年6月に三浦友和と出会う

それは偶然の出会い。

なぜ三浦友和がえらばれたのでしょうか?

山口百恵の若い頃画像⑲1974年(15歳)三浦友和とグリコのCM に出演


山口百恵の若い頃画像⑲1974年(15歳)三浦友和とグリコのCM に出演

① まえに撮影した映像を見るとなぜかしっくりこなくて急遽取り直しに。

② コマーシャル放映開始まで時間がなく近くにいいところがないか探して砧緑地公園が選ばれた。

➂ 三浦友和が選ばれたわけは売れっ子の俳優さんはスケジュールでいっぱいでダメでそこで爽やかでイメージがよく三浦友和がいた。

④ 撮影してみたら、息がピッタリでグリコのコマーシャルも大変評判がよかった。

以上の理由で、相手役に三浦友和が選ばれたそうです。

それは全く偶然の出会いですね。

昭和49年9月に山口百恵主演映画が発表されました。

それは川端康成原作「伊豆の踊子」監督西村克己

山口百恵の若い頃画像⑳1974年東宝映画「伊豆の踊子」(15歳)


山口百恵の若い頃画像⑳1974年東宝映画「伊豆の踊子」(15歳)

この作品は昭和38年に吉永小百合の主演で映画化されていますが、その時の監督であった西川克己。「伊豆の踊子」は、何と5回も映画化されています。

歴代の女優の顔ぶれが凄すぎます。

田中絹代、馬渕晴子、美空ひばり、吉永小百合、内藤洋子、歴代の女優の顔ぶれが凄いです
「伊豆の踊子」歴代の女優、田中絹代、馬淵晴子、美空ひばり、吉永小百合、内藤洋子


「伊豆の踊子」歴代の女優、田中絹代、馬淵晴子、美空ひばり、吉永小百合、内藤洋子

主演した女優さんは全員成功していると言います。

そこに山口百恵を充てたのは山口百恵を女優として売り出そうとしていたホリプロが、いかに百恵に力を入れているか分かります。

そこで、相手役を一般から募集をしましたが、最終的に、グリコのコマシャールでコンビを組んで評判がよかった三浦友和に決めという結論です。

「伊豆の踊子」で共演した二人はこの後映画界の稼ぎ頭になっていきます。

そして二人は「ゴールデンコンビ」呼ばれていきます。

山口百恵の若い頃画像㉑1974年(15歳)東宝映画「伊豆の踊子」


山口百恵の若い頃画像㉑1974年(15歳)東宝映画「伊豆の踊子」

この年の12月31日第16日本回レコード大賞「ひと夏の経験」で大衆賞で受賞しています。

1974年12月31日NHK紅白歌合戦の画像です。

山口百恵の若い頃画像㉒1974年(15歳)NHK紅白歌合戦初出場


山口百恵の若い頃画像㉒1974年(15歳)NHK紅白歌合戦初出場

山口百恵はこの年に紅白歌合戦に初出場しています。

山口百恵の凛としている姿がいいですね。

山口百恵が1974年15歳の時に発売したCD作品

  3月1日  「春風のいたずら」シングル
  4月21日 「15歳のテーマ百恵の季節」LP
  6月1日  「ひと夏の経験」シングル
  8月1日  「15歳のテーマひと夏の経験]LP
  9月1日  「ちっぽけな感傷」シングル
  11月1日  「山口百恵ヒット全曲集」LP
     12月1日  「冬の色」シングルと
  12月1日  「15歳」 LP

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若い頃の山口百恵1975年(16歳)

デビューから2年目で山口百恵は一躍トップスターに上りつめています。

この後、百恵人気は不動のものになって行きます。

この年の主な出来事です。
  • 三島由紀夫の原作東宝映画「潮騒」が山口百恵主演女優で映画化。
  • 花の高2トリオになった、山口百恵、森昌子、桜田純子が「初恋時代」と言うタイトルで映画初共演。
  • 赤いシリーズ、第2弾「赤い疑惑」が山口百恵主演で制作結締。
  • 東宝映画文芸シリーズ「伊豆の踊子」、「潮騒」に続き山口百恵主演第3弾「絶唱」に決まる。

山口百恵は「伊豆の踊子」に続いて2作目も大作の三島由紀夫潮騒」に主演女優として出演することが決まりました。

いわば大女優の登竜門と言われていた作品です。

この映画での話題は、漁師の娘である宮田初枝(百恵)と同じく漁師の息子である久保新治(友和)が全裸で抱き合うシーンがあります。
百恵はこのシーンがあることを、知ったうえでの撮影に望んだようです。
16歳にして女優魂があったんでしょうね。
撮影中は本当に全裸になったんですかね?
ファンとしては真相が気になります。
山口百恵の若い頃画像㉚1975年(16歳)東宝映画「潮騒」


山口百恵の若い頃画像㉚1975年(16歳)東宝映画「潮騒」

1975年8月12日花の高2トリオ初恋時代公開

山口百恵、桜田純子、森昌子初共演の映画「初恋時代」が公開。
3人ともスター誕生番組から出て、百恵は昌子の家に同居し、純子とは同じ中学校でクラスも一緒だったから3人とも互いに共用できたんだと思います。
山口百恵の若い頃画像㉛1975年(16歳))花の高2トリオ初恋時代


山口百恵の若い頃画像㉛1975年(16歳))花の高2トリオ初恋時代

197510月3日TBSドラマ「赤い疑惑」山口百恵主演!

この赤いシリーズでは2回目で前回「赤い迷路」は主役ではなく今回は本格的にと主演「赤い迷路」で父親役の宇津井健が再び百恵の父親役となり、山口百恵と宇津井健は父娘の関係が公私ともに続いていったのは皆さんもご存じの通りです。
山口百恵の若い頃画像㉜1975年(16歳))


山口百恵の若い頃画像㉜1975年(16歳))

そしてもう一人ここでも百恵の恋人役に抜擢されたのが三浦友和です。
もうすでにCM,映画で百恵と言えば友和という事が世間では認知されていたのでこの「赤いシリーズ」百恵と友和のゴールデンコンビは外せなかったんだと思います。
山口百恵の若い頃画像㉝1975年(16歳)


山口百恵の若い頃画像㉝1975年(16歳)

1975年12月20日山口百恵主演映画第3弾「絶唱」が公開

大江賢次の小説作品「絶唱」です。
東宝映画文芸シリーズ第3弾。百恵も「伊豆の踊子」、「潮騒」と公開されてきましたが、この「絶唱」も大物女優が出演してヒットしてきています。
百恵に対する期待の大きさが分かります。

山口百恵が1975年16歳の時に出したCD作品

  2月21日  「伊豆の踊子」LP
  3月21日  「湖の決心」シングル
   5月1日   「16才のテーマ」LP
  6月1日  「デラックス」LP

 

  6月10日  「夏ひらく青春」シングル
  8月2日   東宝映画「初恋時代」
  9月21日  「ささやかな欲望」シングル
  10月1日  「百恵ライブ」LP
  11月1日  「山口百恵ヒット全局集」
  12月5日  「ささやかな欲望」LP
  12月21日  「白い約束」シングル

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若い頃の山口百恵1976年(17歳)

1月1日~8日までホリプロ創立15週年記念ハワイ旅行で、正月を家族と一緒にハワイで過ごしています。

著者もハワイ行きましたけど、山口百恵さん何回もハワイは行った思いますけど家族と過ごすハワイ旅行は特別な思い出になったと思います。

山口百恵の若い頃画像㊹1976年(17歳)


山口百恵の若い頃画像㊹1976年(17歳)

三浦友和は偶然に来ていたとなっています。
山口百恵の若い頃画像㊺1976年(17歳)


山口百恵の若い頃画像㊹1976年(17歳)

この年の主な出来事です。
  • 東宝映画山口百恵主演の4作「エデンの海」が発表される
  • 山口百恵主演のTBSドラマ第3弾「赤い運命」がスタート
  • 山口百恵主演映画第5弾「風立ちぬ」が公開
  • 山口百恵主演TBSドラマ赤いシーズ第4弾「赤い衝撃」が開始
  • 昭和52年新春の東宝映画「春琴抄」に山口百恵主演女優に決まる

昭和51年4月24日に公開された。若杉慧原作山口百恵文芸シリーズ第4弾です。

これは唯一山口百恵の相手役が三浦友和ではなった作品です。

相手役は南條豊で青山学院大学在学中の新人俳優でした。

この作品「エデンの海」人気が出なかったそうです。

やはり山口百恵の相手は三浦友和じゃあないとファンの方は納得しなかった感じだと思います。

山口百恵の若い頃画像㊻1976年(17歳)東宝映画「エデンの海」


山口百恵の若い頃画像㊻1976年(17歳)東宝映画「エデンの海」

百恵と南條豊の「エデンの海」は不振でした。

昭和51年4月に山口百恵主演のTBSドラマ「赤い運命」がスタート

この赤いシリーズも主演は山口百恵でしたが、今回の相手が三浦友和ではなくまたも新人俳優の南條豊でした。
ファンもがっかりしたと思います。
でも以外にもドラマ「赤い運命」は好調に維持していきました。
平均視聴率23,6%で関係者はほっとしたと思います。
山口百恵の若い頃画像㊻1976年(17歳)


山口百恵の若い頃画像㊻1976年(17歳)

山口百恵の若い頃㊼1976年(17歳)TBSドラマ「赤い運命」


山口百恵の若い頃㊼1976年(17歳)TBSドラマ「赤い運命」

昭和51年7月31日山口百恵映画主演第5弾が公開

今回も文芸シリーズ堀辰雄原作の「風立ちぬ」です。
前回「エデンの海」で不人気だったので、この前の二の舞はなんとしても避けたいと言
って山口百恵と三浦友和のゴールデンコンビを復活させたといいます。
やはり売れないと興行ができないから当然だと思います、ファンも喜んでいると思います。
山口百恵の若い頃㊽1976年(17歳)東宝映画「風立ちぬ」


山口百恵の若い頃㊽1976年(17歳)東宝映画「風立ちぬ」

「風立ちぬ」舞台は軽井沢は原作者自身が苦しんだ病気です。
結核」だったという事です、だから綺麗で清んだ空気の良い軽井沢を選んだと思います。

昭和51年11月TBS「赤いシリーズ」第4弾が放映開始

山口百恵主演の「赤い衝撃」相手役は三浦友和に決まりです。

前回の「赤い運命で」の山口百恵の相手役が南條豊に関してテレビ局に苦情が殺到したらしく、「山口百恵の相手役はやっぱり三浦友和」ということです。

山口百恵の若い頃年表㊾1976年(17歳)TBSドラマ「赤い衝撃」


山口百恵の若い頃年表㊾1976年(17歳)TBSドラマ「赤い衝撃」

ゴールデンコンビ復活よかったです。

この赤い衝撃のドラマの中ではもう一つ問題が起こりました。

それは山口百恵の父親役と言えば宇津井健ですが、今回は違いました宇津井健が休養していてこのドラマ撮影中に間に会いませんでした。

そこで、ガードマンで一緒だった中条静夫が父親役に決ったそうです。

昭和52年の新春を飾る東宝正月映画に山口百恵に決まる

谷崎潤一郎原作の「春琴抄」・この作品は4度映画化されています。
山口百恵の若い頃画像51枚1976年(17歳)東宝映画「春琴抄」


山口百恵の若い頃画像51枚1976年(17歳)東宝映画「春琴抄」

山口百恵と三浦友和の純愛がお琴と佐助の気持ちに通じていい演技だと思います。

山口百恵が1976年17歳時に出したCD先品

  2月25日  「絶唱」 LP
  3月21日  「「愛に走って」シングル
  4月21日  「17才のテーマ」L、「赤い疑惑」LP
  6月1日  「山口百恵のすべて」LP
  6月21日  「横浜ストーリー」シングル
  8月1日  「横浜ストーリー」LP
  9月21日  「パールカラーにゆれて」シングル
  10月21日  「MOMOE ON STAGE」 LP
  11月21日  「赤い衝撃」シングル
 

12月5日  「パールカラーによれて」

 

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若い頃の山口百恵1977年(18歳)

昭和52年1月17日は山口百恵が18歳の誕生日という事で芸能界の方々が、山口百恵のために総勢300にを超える人たちが集まってくれています。

場所は東京日比谷の日本プレスセンタで盛大なパーティーが開かれました。主な人達は、宇津井健、草笛光子、宇崎竜童、阿木燿子夫妻など蒼々たるメンバーです。

山口百恵の若い頃画像63枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像63枚1977年(18歳)

山口百恵の18歳の誕生日のパーティーも凄いですね、芸能界のトップの中ににいるか思い知らされます。それだけ影響力のあるスターになった。

この年の主な出来事です。
  • 山口百恵、桜田純子、森昌子の花のトリオ解散
  • 山口百恵主演女優として、カンヌ映画祭へ
  • 土曜ワイド劇場」で山口百恵主演で「野菊の墓」
  • 山口百恵・三浦友和でゴールデンコンビ主演現代劇「泥だらけの純情」

昭和52月27日日本武道館で引退コンサート開催

山口百恵、桜田純子、森昌子3人は花の中さんトリオと呼ばれ、人気も出て注目されてきましたが、高校も卒業して、一つの区切りとして3人も別々の道を歩みを決意することは必然だと思います。

山口百恵の若い頃画像63枚1977年(18歳)花の三トリオ森昌子、桜田淳子


山口百恵の若い頃画像63枚1977年(18歳)花の三トリオ森昌子、桜田淳子

今ここで三人とも売れて立派にスター街道を歩んできたけれど、ここで花の三トリオは解散という形をとっています。
それからの三人の人生は皆さんがご存知の通りです。
著者も同世代だけに時の過ぎるのが早くて思うところがあります。

山口百恵が主演した映画「春琴抄」がフランスのカンヌ「映画祭」に出品された

山口百恵の若い頃画像63枚1977年(18歳)

山口百恵の若い頃画像63枚1977年(18歳)

日本が世界に誇る文豪谷崎潤一郎の原作「春琴抄」谷崎も耽美主義が如実に表れた作品です。
山口百恵は十代と言う若さでこの難しい役をこなしたのです。
百恵と友和によって作られた「春琴抄」は最高の評価を受けています。
「カンヌ映画祭」世界の名俳優、大女優だけ参加できる映画界の最高峰。
1997年フランスカンヌ映画祭


1997年フランスカンヌ映画祭

山口百恵の若い頃画像64枚1977年(18歳)フランスカンヌ映画祭


山口百恵の若い頃画像64枚1977年(18歳)フランスカンヌ映画祭

山口百恵さんの着物姿がいいですね。

テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で山口百恵主演ドラマが放映!伊藤左千夫原作の小説作である「野菊の墓」

山口百恵の若い頃画像65枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像65枚1977年(18歳)

「野菊の墓」も3回映画化されています。
山口百恵の「野菊の墓」の相手役は、三浦友和ではありませんでした。
佐久田修1958年~2020年(62歳)没


佐久田修1958年~2020年(62歳)没

佐久田修と言う無名の19歳の新人俳優。
今回の「野菊の墓」は、百恵が演じる民子の相手役の斎藤政夫が「15歳」の少年であり、民子より2歳年下であることが、三浦友和の25歳年齢を考えると、佐久間修に決まったようです。
山口百恵の若い頃画像67枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像67枚1977年(18歳)

15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・戸村民子との淡いを描く。
夏目漱石が絶賛。左千夫の最初の小説である。
野菊の墓文学碑
「野菊の墓」はテレビドラマでしたが、想像以上の出来栄え映画にも劣らない作品になっています。
百恵の演技力も素晴らしいと評判です。
そして「伊豆の踊子」、「潮騒」、「絶唱」、「エデンの海」、「春琴抄」など山口百恵を取り続けきた西河克己監督の手腕のよると頃が大きいといいます。

山口百恵・三浦友和のゴールデンコンビによる第6弾東宝映画「泥だらけの純情」が公開

1962年に小説家藤原審爾原作の短編小説です。
過去に、1966年に吉永小百合・浜田光夫の共演で映画化されています。
1966年の吉永小百合・浜田光夫共演「泥だらけの純情」
山口百恵の若い頃画像68枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像68枚1977年(18歳)

山口百恵の若い頃画像68枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像68枚1977年(18歳)

1977年山口百恵・三浦友和共演「泥だらけの純情
浜田光夫・吉永小百合の名コンビも共演されています。
現代版で、山口百恵三浦友和での共演も名コンビで、二人とも人気ものですから撮影の時間が限られていて大変と言われています。
山口百恵の若い頃画像69枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像68枚1977年(18歳)

同年年10月TBS日曜劇場で山口百恵が主演女優で「美しい橋」に決まる

この日曜劇場はベテランが務めるのが恒例でした。
そこに若手女優の山口百恵を抜擢したのは大物プロデューサーの石井ふく子が「まだ十代でしっかり芝居ができる」事認めていることです。
山口百恵の若い頃画像70枚1977年(18歳)テレビプロディーサー石井ふく子


山口百恵の若い頃画像70枚1977年(18歳)テレビプロディーサー石井ふく子

山口百恵と石井ふく子
山口百恵の若い頃画像71枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像70枚1977年(18歳)

「美しい橋」は1957年「早乙女勝元」原作で昭和30年代の下町を描いた名作です。

この美しい橋では、三浦友和ではなくテレビドラマ「青春の門」で主演務めた当時人気の若手俳優の江藤潤が相手役になっております。

江藤潤1951年(72歳)


江藤潤1951年(72歳)

作者の早乙女勝俣は東京の下町の労働者を描いた作品が多いと言います。

「この美しい橋」も下町を愛していたんでしょうね。

「美しい橋」2013年6月30日作成

白鬚橋とその周辺を舞台とした小説です。

山口百恵と江藤潤のラブシーンが話題なりましたが、江頭演じる(反三)と百恵(チエ)橋出会って恋仲になるストーリですが、あの時代は工場で働く人が多かったから、このドラマのように結ばれた人は多いと思います。

著者の時代も集団就職が多くこうした職場で結ばれた方が多くいたと思います。

まさしく職場ロマンスがあったんじゃないでしょうか。

時代を移したドラマだと思います。

山口百恵の若い頃画像72枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像72枚1977年(18歳)

衝撃的なシーンです。

昭和52年12月山口百恵「赤いシリーズ」第6弾「赤い絆」で主演復活

赤いシリーズ第5弾が「赤い激流」でしたが、山口百恵は単なるゲスト出演。
今回は完全主演復活ですが、今回もまた三浦友和ではありません。
今回の山口百恵の恋人役は甘いマスクの若手人気俳優の国広富之。
国広富之1953年(70歳)


国広富之1953年(70歳)

山口百恵の相手役が三浦友和でなかったけれど、ドラマの人気は良かったと言えます。
百恵の多忙のスケジュールの合間の撮影も百恵のスケジュールに合わせて、役者さんたちのご苦労があったと思います。
相手役の国広富之も三浦友和とはいきませんけど、山口百恵と息の合った芝居ができたと思います。終わり良ければ好と言えるんじゃないかと思います。
山口百恵の若い頃画像73枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像73枚1977年(18歳)

山口百恵の若い頃画像74枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像74枚1977年(18歳)

山口百恵は「赤いシリーズ」はこの作品を持って卒業。
この「赤いシリーズ」の中で第6弾。
平均視聴率29.5%、最高視聴率32.4%を記録した人気作品。
山口百恵は今回の作品を持って赤いシリーズを卒業。

山口百恵・三浦友和ゴールデンコンビ第7弾が松本清張の「霧の旗」に決定

昭和53年1月正月映画に松本清張の「霧の旗」に決まりました。

今回の映画はサスペンスの巨匠松本清張です。

前の「泥だらけの純情」イメージチェンジを図りましたが、今回は相手を誘惑までして体の関係までもってしまうという悪女になる設定です。

山口百恵の若い頃画像75枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像75枚1977年(18歳)

 

この映画を務めた西河克己監督は、まだ山口百恵には時期蒼々だと言いましたが、当の本人は「どうしてもやりたい」と懇願したと言ったそうです。

山口百恵はさらなる上を見ていたのかも知れません。

チャンスは必ずつかむと強い意志を感じます。

山口百恵の若い頃画像76枚1977年(18歳)


山口百恵の若い頃画像76枚1977年(18歳)

山口百恵もうは歌手でも映画女優にしても幅広くこなせるトップスターになってきていたと感じます。アイドル路線から大人の歌まで映画では純愛ものから文芸そしてサスペンスまでこなしてきているから、それが相乗効果になって表れていると思います。

山口百恵が1977年18歳時に出したCD作品

 1月21日 「初恋草紙」  シングル
 4月1日  「夢先案内人」」シングル
 4月21日 「春琴抄」」 LP
 5月21日 百恵白書」 LP
 7月1日 「イミティション・ゴールド」シングル
 8月21日「GOLDEN/FLIGHT  LP
 

9月21日「泥だらけの純情」  LP

 

 10月1日「秋桜」(コスモス)シングル
 11月1日「MOMOE INCOMA 」 LP
 11月1日「THE BEST」 山口百恵物語
  12月5日「花ざかり」 LP
  12月21日「赤い絆」 シングル

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若い頃の山口百恵1978年(19歳)

昭和53年1月お正月の東宝映画「霧の旗」が公開されそれに伴い、山口百恵と三浦友和による「ヒット祈願」のため新宿で餅つきが行われましたが、あまりにもファンの数が多すぎたため餅つきも数分で中止となったと言われています。

山口百恵と三浦友和の当時の人気がいかに凄ったかを物語るエピソードですね。

山口百恵の若い頃画像78枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像78枚1978年(19歳)

この年の主な出来事です。
  • TBSが伊藤博文の生涯を描いたドラマ「風が燃えた」制作を決定。
  • 萩本欽一がスター誕生の番組から降りる。
  • 昭和53年山口百恵・三浦友和主演第8弾「ふりむかば愛」に決まる
  • 山口百恵・三浦友和主演第9弾「炎の舞」が決定。
  • NHK紅白歌合戦で山口百恵が史上最年少トリに。
1978年3月6日TBSで、初代内閣総理大臣・伊藤博文と妻梅子の生涯を軸に近代日本に生きた日々とを鮮やかに描いています。
山口百恵の若い頃画像79枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像79枚1978年(19歳)

そして脇役陣は
吉田松陰役には加藤剛
木戸孝允には竹脇無我
伊藤十蔵(博文の父)役には森繁久弥
井上…には宍戸錠。
等、いずれも主演クラスの俳優陣がならぶ豪華キャスティング。
そして、伊藤博文と妻梅子の青年期を三浦友和と山口百恵。

山口百恵の若い頃画像80枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像80枚1978年(19歳)

そして伊藤博文の生涯を描くドラマは二部構成になっていて、青年期と壮年期に分けられて作られました。

伊藤博文の青年期には三浦友和をそして、伊藤博文の妻梅子役には今一番人気の山口百恵を抜擢したのです。

山口百恵の若い頃画像81枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像81枚1978年(19歳)

伊藤博文の「風が燃えた」で山口百恵、三浦友和のドラマは大当たりで視聴率は何と34.4%という驚異的な数字をだしたと言いますから凄いです。

昭和53年4月6日スター誕生第443回で萩本欽一が番組から降板

名物司会の萩本欽一がスター誕生の番組から消えると言っても問う番組を降板することになったのです。

1984年「スター誕生番組」欽ちゃん降板最後の出演


1984年「スター誕生番組」欽ちゃん降板最後の出演

番組の終了後に欽ちゃんをねぎらうお別れ会が開かれました。

スター誕生の番組から合格し、本物のスターになった卒業生が集まり欽ちゃんをねぎらっています。

山口百恵の若い頃画像82枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像82枚1978年(19歳)

森昌子、桜田純子、山口百恵、その他のスター誕生の番組から出た卒業生は欽ちゃには大変に世話になりいい思い出になったと思います。

三人ともスターになりこうして恩返しできるのは萩本欽一さんも大変うれしいかったと思います。

「スター誕生番組」欽ちゃん降板最後の出演で卒業生で祝う。森昌子、山口百恵、桜田淳子、小泉今日子、片平なぎさ、ピンクレデイー、石野真子、中森明菜


「スター誕生番組」欽ちゃん降板最後の出演で卒業生で祝う。森昌子、山口百恵、桜田淳子、小泉今日子、片平なぎさ、ピンクレデイー、石野真子、中森明菜

スター誕生の番組から数々のスターを生み出しました。
昭和53年山口百恵・三浦友和の」主演第8弾はジェームス三木書きおろし
完全オリジナル。タイトルは「振り向けば愛」。
山口百恵の若い頃画像84枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像84枚1978年(19歳)

監督はCM界の鬼才と言われる大林信彦氏を起用するという異例ずくめです。
この大林監督は実は山口百恵と三浦友和のグリコのCMを始めから5年間も撮りつづけており、百恵と友和の恋の流れを見逃さなかった一人だと思われます。
山口百恵の若い頃85枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃85枚1978年(19歳)

ホリプロがせっかくオリジナルでやるのだからと海外ロケを提案し、サンフランシスコだけという条件を出したと言います。
東京とサンフランシスコを行き戻りながら撮影したといいます。
山口百恵の若い頃画像86枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像86枚1978年(19歳)

ふりむけば愛」という題名は、
大林宜彦
大林宜彦

「この二人は、僕と5年近くコマーシャルをやているうちに、幼なじみだったのがいつの間にか気がついたら恋人になっていたんだよ

フッと振り向いたらそこに恋人がいたんだよ」と言ったら、
ジェームス三木
ジェームス三木

「ああ、ふりむけば愛ですね」

じゃそれで行きましょうとなったと言います。

著者はこのジェームス三木さんの「振りむけば愛」の題名は素晴らしいすきですね。

山口百恵の若い頃画像87枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像87枚1978年(19歳)

二人を見ていると普通の恋人同士が観光しているようです。
山口百恵の若い頃画像88枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像88枚1978年(19歳)

山口百恵・三浦友和ゴールデンコンビによる主演映画第9弾「炎の舞」

芥川賞候補になった原作加茂宣子の小説「」です。
1964年に浅丘ルリ子100本出演記念主演女優として映画「執炎」の作品。
浅丘ルリ子


浅丘ルリ子さん映画「執炎」1940年(24歳)

「執炎」をリメイク映画を山口百恵・三浦友和のゴールデンコンビで復活したのです。

タイトルも変えて「炎の舞」

『炎の舞』は河崎義祐監督が撮っています。

三浦友和の主演の『残照』を観た山口百恵が「次は是非とも河崎監督で!」懇願したようです。

そして、この映画で百恵の主演女優力が上がったのは間違いないと思います。

でも悲しい映画ですね。

山口百恵の若い頃画像89枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像89枚1978年(19歳)

山口百恵の若い頃画像90枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像90枚1978年(19歳)

NHK紅白歌合戦で山口百恵史上最年少のトリ決定

昭和53年も山口百恵にとっては歌に映画に恵まれて連続のヒットの1年間。

「ふりむけば愛」


「ふりむけば愛」

「炎の舞」


「炎の舞」

「風が燃えた」


「風が燃えた」

「スキャンダル」


「スキャンダル」

 

「プレイバックPart2」


「プレイバックPart2」

「絶対絶命」


「絶対絶命」

「いい日旅たち」


「いい日旅たち」

立て続けてヒットとばしました。

そして大晦日。
紅白歌合戦でといえば年末家族総出で見ることが恒例行事です。
そして最後に出る歌手を皆で誰になるか充てるのも楽しみの一つですね。
そこで、最後に登場したのが山口百恵だったのです。
史上初の最年少トリの誕生です。

プレイバックPart2を熱唱

今年の紅組で山口百恵最年少トリオで歌う
山口百恵の若い頃画像98枚1978年(19歳)


山口百恵の若い頃画像98枚1978年(19歳)

 プレイバックPart2の動画です。

山口百恵が1978年19歳の時に出したCD作品

    2月1日「乙女座宮」シングル
    「2月1日「COSMOS/宇宙」
    6月21日「プレイバック」LP
    8月21日「絶対絶命」シングル
 

9月1日「ドラマチェック」LP

 

    10月21日「MOMO LIVE]
    11月1日「THE BEST] LP
    11月21日「いい日旅立ち」シングル
    12月21日「曼珠沙華」LP

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若い頃の山口百恵1979年(20歳)

昭和54年1月17日 山口百恵20回目の誕生日。

東京虎ノ門の超一流ホテル・オークラに総勢800名の大物芸能人がお祝いに駆け付けて、お祝いしています。

山口百恵20歳の誕生日盛大にパーティーが開かれました。
山口百恵の若い頃画像108枚1979年(20歳)

山口百恵の若い頃画像108枚1979年(20歳)

山口百恵の20の誕生日は百恵の芸能界の頂点に立っているような盛大なパーティーになっています。

僅か数年間でここまでやるとは百恵の凄さがわかりますね。

多くのファンの皆さんやスタッフの支えがあってだと思います。

花柳糸之社中のバックダンサー集団。振り付け、花柳糸之、石川ゆみ、踊り桃色クローバーZ、花柳糸之社中


花柳糸之社中のバックダンサー集団。振り付け、花柳糸之、石川ゆみ、踊り桃色クローバーZ、花柳糸之社中

花柳糸之師匠がこの日のために山口百恵のために「寿初春」。

花柳糸之氏(舞踏家)


花柳糸之氏(舞踏家)

山口百恵の若い頃画像109枚1979年(20歳)

山口百恵の若い頃画像109枚1979年(20歳

パーティーで「寿初春を披露する。
この年の主な出来事です。
  • 「平岩弓枝ドラマシリーズ」で山口百恵日本の女に。
  • 山口百恵・三浦友和主演第10弾は原作は一般人。
  • 日本テレビ音楽祭で「あいの嵐」が山口百恵がトップアイドル賞受賞。
  • 山口百恵・三浦友和コンビ第11弾「天使を誘惑」が決まる。

平岩弓枝ドラマシリーズの一環として「日本女シリーズ」が1979年4月から放映されています。

「おんなシリーズ」の主役は日本を代表する大物女優達です。

この蒼々たるメンバーの中に「北国から来た女」で二十歳の山口百恵が主演を演じたのです。

平岩弓枝ドラマシリーズ

勝


平岩弓枝ドラマ歴代の女優夏目雅子,十勝幸代、小川真由美、古手川祐子、山本陽子、八千草薫、若尾文子、多岐川裕美

蒼々たるメンバーです
山口百恵の若い頃画像100枚1979年(20歳)


山口百恵の若い頃画像100枚1979年(20歳)

山口百恵の若い頃画像101枚1979年(20歳)


山口百恵の若い頃画像101枚1979年(20歳)

山口百恵・三浦友和主演第10弾は原作は一般人

昭和54年8月百恵・友和第10弾作品は何と一般公募して東宝に送られてきた応募作品は1万1千編をこえたといいます。
原作者名古屋在住の中川美和子さんと29歳の主婦。
山口百恵の若い頃画像102枚1979年(20歳)


山口百恵の若い頃画像102枚1979年(20歳)

中川美和子さんは山口百恵、三浦友和さんに囲まれて嬉しいかったでしょうね。

今回も海外ロケでした場所はスペイン郊外のゼゴビア市街。

山口百恵の若い頃画像103枚1979年(20歳)


山口百恵の若い頃画像103枚1979年(20歳)

この時は恋人のようです。

昭和54年8月23日第5回日本テレビ音楽祭「トップアイドル賞受賞」

第5回の日本テレビ音楽祭で山口百恵がトップアイドル賞に輝いたことは、まさしくこの時点で芸能界で頂点にいたことを証明したのです。

この時の出場したメンバーも豪華ぞろいです。

 郷ひろみ 「いつも心に太陽を」
 小林幸子 「思いで酒」
 西城秀樹 「ホップ・ステップ・ジャンプ」
 ジュディオング 「魅せられて」
 野口五郎 「女になって出直せよ」
 八代亜紀 「舟歌」
 中原理恵 「SHOW BOAT」
 渡辺真知子 「別れてそして」
 サザンオールスターズ 「いとしのエリー」
 石野真子 「ワンダー・ブギ」
 渋谷鉄平 「ヤング・セーラーマン」
 ピンクレディー 「波乗りパイレーツ」
 榊原郁恵 「ラブジャックサマー」
 桜田純子 「MISS KISS」

この豪華の勢揃いの中で山口百恵は第5回日本テレビ音楽祭で「ヤングアイドル賞」に輝いたのです。

山口百恵の若い頃画像104枚1979年(20歳)


山口百恵の若い頃画像104枚1979年(20歳)

第5回日本テレビ音楽祭

昭和54年11月8日山口百恵・三浦友和主演映画第十一作品「天使の誘惑」制作発表

昭和54年11月8日

10月に山口百恵の恋人宣言しての二人揃っての映画製作の発表でしたが、山口百恵は冷静に対応していたと言います。

芥川賞作家である高橋三千綱。1979年に発表した小説を映画化です。

今回の映画は今までと違ってドラマチックの派手さは無くリアルな現代劇になっています。

監督は藤田敏八

山口百恵の若い頃画像105枚1979年(20歳)


山口百恵の若い頃画像105枚1979年(20歳)

この映画は、同棲とか結婚について若者の愛のカタチを日常生活をいろんなアクシデントを交えながら百恵と友和が描いてくれています。

山口百恵と三浦友和の恋人宣言の後なので、それとリアルな等身大の内容の映画なので心配していましたが、大ヒットで安堵したようです。

百恵・友和の効果でしょうね。

山口百恵の若い頃画像106枚1979年(20歳)


山口百恵の若い頃画像106枚1979年(20歳)

山口百恵の若い頃画像107枚1979年(20歳)


山口百恵の若い頃画像107枚1979年(20歳)

トップスターになっても実生活に移っても全然違和感ない百恵の姿を感じます。

山口百恵が1979年20歳の時に出したCD作品

 3月1日 「美・サイレント」シングル
 4月1日 「FACE IN A VISION] LP
 6月1日 「愛の嵐」シングル
 6月21日 「ザ・ベスト」LP
 7月21日 「L・A・BLUE」LP
 9月1日 「しなやかに歌って」
 9月1日 「ホワイト・ラブ」
 11月1日 「百恵ザ・ベスト」LP
 11月21 「山口百恵リサイタル」LP
 12月21日「愛染橋」シングル

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若い頃の山口百恵1980年(21歳)

昭和55年3月7日衝撃のニュースが日本列島を走ります。

【山口百恵と三浦友和が記者会見を開く】

山口百恵の若い頃画像117枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像117枚1980年(21歳)

この年の主な出来事です。
    • 山口百恵・三浦友和の婚約発表そして衝撃の引退表明。
    • 昭和55年5月7日山口百恵最後の主演映画「古都」の制作発表。
    • 同年9月9日山口百恵最後のテレビドラマ「赤い死線」の制作発表。
    • 昭和55年10月5日山口百恵がマイクを置いた涙の引退コンサート。

昭和55年3月7日に山口百恵と三浦友和は東京プリンスホテルで婚約発表と山口百恵の引退表明。

挙式は11月9日

山口百恵の若い頃画像118枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像118枚1980年(21歳)

山口百恵と三浦友和は結ばれるべく結ばれた感じです。
似合いのカップルだと思います。
昭和55年5月7日山口百恵主演川端康成原作小説「古都」と発表。
この映画では三浦友和の出番がないけれど、百恵と友和の最後の映画と思い監督市川崑の采配で小説には存在しない役を三浦友和を入れたといいますから、監督の思いやりに癒されます。
岩下志麻松雪泰子さんの女優さんが「古都」を主演しています。
1963年と1972年です。
当時岩下志麻(22歳)と松雪泰子(44歳)


当時岩下志麻(22歳)と松雪泰子(44歳)

本当に二人とも綺麗です
今回山口百恵さんも撮影に使われた、北山杉の風景


今回山口百恵さんも撮影に使われた、北山杉の風景

「古都」の舞台は京都なので人気のスポットです。
山口百恵の若い頃画像119枚1980(21歳)


山口百恵の若い頃画像119枚1980(21歳)

山口百恵の若い頃画像120枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像120枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像121枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像121枚1980年(21歳)

昭和55年9月9日

山口百恵・三浦友和主演TBSドラマ最後の「特別・赤いシリーズ編が決定。

山口百恵の若い頃画像122枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像122枚1980年(21歳)

山口百恵引退スペシャル記念という事でこれまでのドラマ出演者が多数でています。
宇津井健、三国連太郎、高橋昌也、石立鉄男、坂上二郎、松原千恵子など歴代の赤いシリーズ出演者たちに加え山口百恵の親友である、アン・ルイスの出演もありました。
タイトルは「赤い死線」もちろん相手役は三浦友和です。
山口百恵の若い頃画像123枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像123枚1980年(21歳)

山口百恵が出演した「赤いシリーズです。
山口百恵の若い頃画像124枚1980年(21歳))


山口百恵の若い頃画像124枚1980年(21歳))

山口百恵赤いシリーズ最後の「赤い死線」
山口百恵が多忙のスケジュールの為に共演の皆さんが大変苦労なさったようです。
昭和55年10月5日 全国札幌を皮切りに、福岡、大阪、名古屋、そして日本武道館山口百恵最後の引退コンサート開演です。
全国から沢山の百恵ファン最後のステージを一目見ようと集まるってきるだけではなく、山口百恵ゆかり多数の著名の芸能人も人達も駆けつけています。
山口百恵の若い頃画像125枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像125枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像126枚1980年(21歳))


山口百恵の若い頃画像126枚1980年(21歳))

西城秀樹、宇津井健、和田アキ子、谷村新司、宇崎竜童阿木燿子夫妻、桑名正博アン・ルイス夫妻、森光子など、野口五郎、永島敏行、岩崎宏美など沢山の著名人が山口百恵の最後のステージを見るために駆けつけて下っています。
山口百恵の若い頃画像127枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像127枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像128枚1980(21歳)


山口百恵の若い頃画像128枚1980(21歳)

山口百恵の若い頃画像129枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像129枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像130枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像129枚1980年(21歳)

「サヨナラの向こう側」を歌い終えると、そっとマイクをステージに置き、静かに立ち去るのでした。
山口百恵の若い頃画像131枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像131枚1980年(21歳)

14歳から駆け抜けた7年半の短い芸能生活でしたが、その決断力はなみいたいていの判断はないと感じます。
楽しい時間をありがとうと言いたいです。

山口百恵が1980年21歳の時に出したCD作品

 2月1日ゴールデンアロー賞・話題賞を受賞「春告鳥」LP
 3月21日「ロックンロール・ウイドウ」シングル
 3月21日 「メビウス・ゲーム」シングル
 7月21日 「百恵伝説」LP
 8月21日「さようならの向こう側」LP
 8月21日「不死鳥伝説」
 10月21日「This my triai]オリジナルLP
 11月19日     「伝説から神話」LP
 11月19日    結婚記念「一恵」

昭和55年11月19日この日に山口百恵と三浦友和の結婚式が行われています。

場所は東京都港区霊南坂教会で行われました。
そして披露宴は東京プリンスホテルで行われています。
招待客は総勢2000名と言われています。
まさに豪華絢爛です。
山口百恵の若い頃画像141枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像141枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像142枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像142枚1980年(21歳)

港区霊南坂教会
山口百恵の若い頃画像143枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像142枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像144枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像142枚1980年(21歳)

多くの報道人に囲まれています、山口百恵と三浦友和の人気が凄まじかったが分かります。
東京プリンスホテル披露宴の様子です。
山口百恵の若い頃画像145枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像145枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像146枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像146枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像147枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像147枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像148枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像148枚1980年(21歳)




山口百恵の着物姿の画像を集めました

 山口百恵若い頃着物姿年表

山口百恵の若い頃画像149枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像149枚1980年(21歳)

山口百恵の若い頃画像151枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像151枚1980年(21歳)

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著名人がなぜ皆、山口百恵の虜になるのかを探ってみた魅力に迫るエピソード6選

①「真夜中の廊下が明るくなった」

そう話すのは、AKB育ての親と言うのが分かりやすいと思いますけど、これまで4000曲以上の楽曲の作詞を手掛けドラマや台本主筆など手掛けマルチプロデューサーとしてきた秋元康氏。

真夜中にニッポン放送の3階のロビーで廊下側に背中を向けて原稿を書いていたのに、急にその場が明るくなった。

振りむいたらそこに学校の制服を着て録音しに来ていた山口百恵がいた。

その存在感に驚かされたという

音楽プロデューサー秋元康氏


音楽プロデューサー秋元康氏

②山口百恵は特別だった

作曲家の都倉俊一氏は山口百恵は最初から特別だったと言います。

それは私たちが百恵の中に入らないとダメだといいます。

なぜかと言いうとこちらからこうしろと言ってもなかなかいう事を聞かない、どうしても百恵ワールドになってしまう。

だから僕たちが百恵のなかに入る、そうするとうまく行くことに気が築かされたという。

作曲家都倉俊一氏


作曲家都倉俊一氏

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➂「あなたは歌手は辞めた方がいい、ドラマの妹役ぐらいならいいけど」

阿久悠氏と言えば、山口百恵がスター誕生で歌い終えたときに、強烈なダメ出しを言ったのはこれは有名ですね。

阿久悠大先生でも山口百恵を素質を見出せなかったのです。

作詞家阿久悠氏


作詞家阿久悠氏

山口百恵の若い頃画像152枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像151枚1980年(21歳)

昭和52年8月17日に山口百恵呆然見つめる阿久悠先生、この写真を見るたびに山口百恵の偉大さがわかります。どんな権力にもめげず、また頂点になってもおごらず、まさに山口百恵は菩薩だと言われた理由がそこにあります。まさに人間として生きるすべを理解していたと考察します。

④山口百恵の強烈なファン

直木賞作家の野坂昭如氏。

山口百恵の熱烈なファンである。

1978年4月4日二人はNHK「ビックショー」で共演している。

山口百恵19歳。野坂昭如47歳。

「火乗るの墓」の作者でもある。

山口百恵に会えたことを「栄光の至りだ」「漸く想いが適った」と熱く思いを語った。

野坂は終始、山口百恵に対して敬語で接しています。

ゲストとして紹介された野坂の第一声は、「僕は今日、歯を磨いてきました。
山口百恵の若い頃画像153枚1980年(21歳))と小説家野坂昭如氏


山口百恵の若い頃画像153枚1980年(21歳))と小説家野坂昭如氏

野坂は「戦後ずっと歯を磨いた事が無い」 「山口百恵の傍に身を置くとなったら、其の点も考えなくては」と歯を磨いて来たと話す。

更に、抜ける恐怖感もあって一切櫛を入れる事の無い髪に敢えて櫛を入れ、髭も剃って来たと話しています。

山口百恵に会えた事を「光栄の至りだ」「漸く想いが適った」と想いを熱く語っています。
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⑤山口百恵強烈ファン2

脚本家倉本聰氏


脚本家倉本聰氏

倉本聰氏は脚本家、演出家、劇作家、である。

倉本聰氏もまた強烈な山口百恵ファンでる。

家中に山口百恵のポスターを張り巡らしていたそうです。

飼っている犬の名前に百恵とつけようとして反対されて、仕方なく山口と言う名前にしたぐらい百恵狂いとしられています。

「北野気にから」田中邦衛氏


「北野気にから」田中邦衛氏

⑥山口百恵は菩薩である

評論家平岡正明氏


評論家平岡正明氏

平岡正明氏は評論家である。1979年に講談社から出版されています。

山口百恵は菩薩である。」を書いた人。

山口百恵と言う歌手は当時圧倒的に老若男女問わずに指示されていたことを示す言葉であると思われます。

ここまで言うことは凄いもう信者ですね。

山口百恵に会う人はみんな虜になってしまうにで、上げるときりがないので和田アキ子の言葉を載せておきます。

百恵の前に百恵なし百恵の後に百恵なし

山口百恵の若い頃画像154枚1980年(21歳)と和田アキ子さん(30歳)


山口百恵の若い頃画像154枚1980年(21歳)と和田アキ子さん(30歳)

また、山口百恵さんは伝説から神話とも言われています。和田アキ子さんも山口百恵さんにぞっこんだったんでしょうんね。
誰からも可愛がれていた様子が、和田アキ子との写真から伺えます。

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山口百恵のプロフィール

  • 名前:三浦百恵(旧姓)山口百恵
  • 生年月日:昭和34年1月17日
  • 出身地:東京都渋谷区恵比寿
  • 小学校2年生から中学校2年生の終わりまで神奈川県横須賀市で母と妹の3人で暮らす。
    中学校3年生に上がる少し前に歌手デビューのため一人で上京する。
  • 身長:158㎝
  • カテゴリ:元歌手、 元女優,キルト作家
  • デビュー:14歳「としごろ」で歌手デビュー
  • 学歴:日出女子学園高等学校
  • 家族:夫 三浦友和
  • 著名な家族三浦祐太朗(長男)
  • 三浦(次男)
  • 牧野由衣(義娘)
    お孫さん(女の子)
  • 血液型:A型
  • 干支(えと)いのしし
  • 星座:やぎ座
  • 趣味:キルト

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山口百恵と三浦友和の若い頃から現在の自宅まで

山口百恵の若い頃画像155枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像155枚1980年(21歳)

山口百恵のキルトの先生鷲沢玲子さん
山口百恵の若い頃画像156枚1980年(21歳)


山口百恵の若い頃画像156枚1980年(21歳)

長男の夫婦と次男貴大

上は現在の自宅、右は結婚当時の品川ペアシティ・ルネッサンス高輪

21歳で芸能界を完全引退し、主婦として三浦友和さんを支える道を選んだ百恵さん。

ご結婚当時、お二人が新居として選んだのは、都内一等地である港区高輪の**「超高級ビンテージマンション(品川ペアシティ)」でした。当時、大スター夫婦が選んだこの強固な不動産資産の選択は、現代における「ハイクラスなマンション投資・リゾート資産運用」**の先駆けとも言えます。

その後、子育てを一段落させた現在のセカンドライフでは、第一人者である鷲沢玲子先生に師事し、東京国際キルトフェスティバルにも毎年作品を出品するほどの**「一流のキルト作家・芸術家」としての才能を開花させています。

年齢を重ねてから、海の見える別荘や閑静な邸宅を自分らしく「フルリノベーション」し、本物のアンティークや上質な趣味に囲まれて暮らすゆとりあるライフスタイル。

自身の過去の栄光(カラオケやサブスクで永続的に生み出される巨額の印税・肖像権の知的財産)を賢く管理しながら、夫婦で穏やかな時間をプロデュースしていくこの「洗練されたシニアライフプランの設計」**の美学こそが、山口百恵さんが今なお全世代からリスペクトされる最大の理由と言えるでしょう。

山口百恵は14歳で歌手デビューしてわずか7年半で、三浦友和と言う良い伴侶に恵まれ結婚して芸能界を引退しました。

歌に映画にドラマに多方面に活躍して業績を残していることは皆さんのご存じの通りです。

結婚して芸能界から潔くきっぱり引退したことから世間から、「伝説の歌姫」と最高の賛辞を頂いています。

それが現在でも色はせていません。

山口百恵の家庭環境から来ているハングリー精神があるかもしれません、スタッフに恵まれ、歌に恵まれたか分かりませんが、山口百恵が持って生まれた才能が運を掴んだのだと思います。

著者も立川タカシマヤ店で拝見したことがあります、国立にお住まいですから、よく買い物に来ていました。普通のきれいなおばさんになっていました。

激動の昭和を駆け抜け、自らの意志でしなやかに、そして完璧に人生の主権を握り続けてきた山口百恵さん。
70代を目前に控えた現在も、私生活で見せる圧倒的な品格と若々しさは、日々の**「丁寧なエイジングケア」**と、豊かな家族愛に満ちた丁寧な暮らしから生まれていました。
私たちも、彼女のように「焦らず、おごらず、美しく」という凛とした生き方をお手本に、心豊かなセカンドライフと強固なライフプランを大切に積み重ねていきたいですね。

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