吉田拓郎は本名で旧芸名が平仮名のよしだたくろうだったって本当?韓国人ハーフ説を徹底調査解説!

吉田拓郎 エンタメ

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吉田拓郎さんと言えば、「結婚しようよ」「旅の宿」さらに森進一さんがレコード大賞受賞した「襟裳岬」を曲を提供しています。

吉田拓郎さんは日本のJ-POP界の基礎を築いた人と言われています。

1986年民放ラジオ放送30周年を記念して、この30年間を代表するスーパースターベスト10を選び総合ベスト10を選出しています。

  • 1位ビートルズ
  • 2位長嶋茂雄
  • 3位美空ひばり
  • 4位チャップリン
  • 5位王貞治
  • 6位エルビス・プレスリー
  • 7位吉田拓郎
  • 8位山口百恵
  • 9位ジョン・F・ケネディ
  • 10位高倉健

スーパースターの中で7位とは本当に凄い人だと改めて思います。

そこで今回、吉田拓郎の本名、韓国人ハーフ説について調べて紹介したいと思います。

  • 吉田拓郎の本名
  • 吉田拓郎は韓国人?ハーフ?
  • 吉田拓郎のプロフィール
  • まとめ

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吉田拓郎の本名

吉田拓郎の画像2008年(62歳)ごろ

吉田拓郎の画像2008年(62歳)ごろ

吉田拓郎は本名です。

旧芸名は平仮名の(よしだたくろう)を一時使用していたこともあります。

楽曲提供者として「入江剣」の名を持いることもあります。

吉田拓郎の名前の由来は「故郷に拓け」という意味が込められているといいます。

吉田拓郎さんはまさに故郷に拓けたと言えるのではないでしょうか。

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吉田拓郎は韓国人?ハーフ?

吉田拓郎の画像2008年(62歳)

吉田拓郎の画像2008年(62歳)

吉田拓郎さんが韓国人だというがありますが全くのデマのようです。

吉田拓郎さんは鹿児島県大口市生まれで、純粋な日本人です。

両親は朝鮮羅南から引き揚げ者で、両親の出生地、生い立ちが詳しくわからなかったことが物議をかもした要因かもしれません。

吉田拓郎の父、吉田正廣氏は植民地下の朝鮮半島で、農地制度の近代化を支えた

 広島ゆかりの歌手、吉田拓郎さんの父、吉田正廣氏(1895~1972年)の功績をまとめた研究書「評伝 朝鮮総督府官吏・吉田正廣とその時代」(清文堂)を、広島修道大の坂根嘉弘教授(65)(近代日本経済史)が出版した。

正廣氏の評伝を発表した坂根嘉弘教授

拓郎さんの父親の正廣氏は鹿児島県生まれで、同県立鹿屋農学校を卒業後に、朝鮮総督府に就職。

吉田拓郎の父、正廣さん

1930年頃から朝鮮半島で小作制度の調査を実施し、小作地約2000か所からの報告書を1人で処理するなど能吏だったそうです。

吉田拓郎さん自身は鹿児島県生まれですが、お兄さん、お姉さんは韓国で生まれています。ご両親家族は終戦後日本に引き揚げて鹿児島県で暮らしています。そのようなことが、詳細伝わらず韓国人という噂になったと思われます。

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吉田拓郎のプロフィール

吉田拓郎の画像1975年(29歳)

吉田拓郎の画像1975年(29歳)

吉田拓郎のプロフィール
  • 本名:吉田拓郎
  • 旧芸名:よしだたくろう、別名・入江剣
  • 生年月日:1946年4月5日
  • 出身地:鹿児島県伊佐郡大口町(現在の伊佐市)
  • 学歴:広島商科大学(現在の広島修道大学卒業)
  • 星座:おひつじ座
  • 血液型:A型
  • 身長:176cm
  • 職業:シンガーソングライター、音楽プロデューサー、俳優
  • デビュー:1970年、イメージの歌
  • 配偶者:森下愛子、1986年から
  •     浅田美代子、1977年-1984年
  •     四隅圭子、1972年-1975年

吉田拓郎の生い立ち

父親の吉田正廣さんは朝鮮総督府で農林官吏として勤務していた時(妻)朝子さんと結婚されています。(現在のソウル特別市)

(朝子さんは朝鮮生まれの日本人です)長女は小学校1年の時に病気のため亡くなっています。長男1人、次女まで朝鮮で生まれています。

敗戦により1945年に京城から家族で引き揚げて吉田拓郎は次男の末っ子として鹿児島県大口町(現在の伊佐市)生れです。

1952年春、鹿児島県丸山町(のちの丸山市、現在の鹿児島市)に転居し丸山小学校んじ2年生までに在学しています。(歌手の西郷輝彦と同級生)

1055年に両親が別居して兄は立教大学に進学して上京、母親に連れられて姉と拓郎は広島に転居し、同年4月に広島市立皆実小学校に転校。

拓郎さんは音楽を始めたのは母に安価なウクレレを買ってもらい小学校高学年から中学校に入って始めたという。

曲を作り始めたのは高校に入ってから、好きな女の子ができるたびに、曲を作って渡していたといいます。

皆実小学校→島市翠町中学校(一学年上に長谷川和彦

→広島皆実高校に入学。(後輩に奥田民生)がいます。

友人が通う広島商業の文化祭に誘われ、そこで同じ高校生のバンドがエレキで演奏しているのを見て「これだ!と確信」し、「僕もこれをやろう!」決めたという。

吉田拓郎は

僕が広島で過ごした高校、大学時代こそがその後50年以上続けて音楽をやって行く事になる言わば『すべての始まり』であり『僕を生み出した季節』」

と述べています。

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吉田拓郎の妻になった3人の女性

吉田拓郎さんは3人の女性と結婚されています。

四角圭子(1972年-1975年)

吉田拓郎と四角圭子1972年6月軽井沢の教会で挙式

吉田拓郎と四角圭子1972年6月軽井沢の教会で挙式

最初の結婚相手は四角圭子、六文銭のシンメンバーでジョイントコンサートの帰り道でケンカの仲裁に入ったのに拓郎が路上で4人相手に乱闘になりメチャクチャにぶちのめされたのを四角が介抱したのがきっかけで交際がスタートして、二人は1972年6月、軽井沢に教会で結婚式が行われています。四角さんとの間には娘が一人(一般人)います。

浅田美代子(1977年-1984年)

吉田拓郎

浅田美代子さんは当時売れっ子のアイドルだったのです。

国民的な人気番組の「時間ですよ」でお手伝い役でデビュー。キャッチフレーズは「ソニーエンジェル」。また劇中歌でデビュー曲の「赤い風船」は50万枚の大ヒットになっています。

吉田拓郎との馴れ初めは、

吉田拓郎のラジオ番組にゲストとして呼ばれたことが、きっかけと言われています。その時は「吉田さんのおかげで楽しかったな」というのが第一印象だったという。

その後、吉田は友人の南沙織ちゃんから、浅田の電話番号を入手して、突然電話をかけて来たという。

誕生日の祝いの電話」みんなで祝おうと

待っていたのは、吉田一人、そこから恋の始まり、浅田美代子は吉田の男らしさに惹かれていったという。それから一年後にプロポーズされて結婚に至っていますが、その時はご両親は猛反対、(相手がミュージシャン何てありえない)父親は怒り狂って。浅田の衣装を2回から投げすてたといいます。

両親を説得してくれたのが、樹木希林さんだといいます。

森下愛子(1986年-

吉田拓郎と森下愛子1986年結婚

吉田拓郎と森下愛子1986年結婚

吉田拓郎さんは、四角圭子さんと1972年結婚するも、1975年に離婚され、浅田美代子さんとは1977年に結婚しても、7年後の1984年に離婚しています。

そして森下愛子さんで3回目の結婚になります。

森下愛子さんとは現在まで38年間続けられています。三度目の正直と言いますが、3度目で最良の伴侶に巡り会えたことは良かったとおもいます。

結婚最初は、うまく行かなかったようです、愛子さんは凄い短期で、かんしゃく、もちのようで、愛子さん母とのケンカがすさまじくさすがの拓郎さんもケンカが収まるまで待っていたといいます。

吉田拓郎さんもそんな12歳年下の愛子さんが愛しいようです。また、拓郎さんは肺がんの手術や喉頭がんの手術など数々の病気をしてきましたが、懸命に看病された、支えになってくれたのが、妻の愛子さんです。

吉田拓郎と妻、森下愛子、毎年正月休みに訪れているハワイで(2023年)

吉田拓郎と妻、森下愛子、毎年正月休みに訪れているハワイで(2023年)

やはり吉田拓郎さんは愛子さんを思いやり愛子さんは拓郎さんを支え励ましてきたことが長く続いている秘訣だと思います。

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まとめ

吉田拓郎画像2022年(76歳)

吉田拓郎画像2022年(76歳)

吉田拓郎さんの本名は(よしだたくろう)です。

一時期は芸名は平仮名を使用しています。

曲を提供するときは入江剣を用いることもあります。

吉田拓郎さんの韓国人説はデマで純粋な日本人です。当時家族は朝鮮に住んでいましたが、吉田さんは鹿児島で生まれています。

ジャズピアニストになった兄がきれいな人を連れてきて「俺もこんな人とくっつきてぇ」と思った影響で、1962年に地元の広島皆実高に入って音楽を始めたといっています。

広島商科大(現・広島修道大学)に進学後はロックバンドに入り、ボーカルとギターを任された。2年生だった1966年にはコロムビアレコード主催の全国フォーク・ソングコンテストに応募。オリジナル曲「土地に柵する馬鹿がいる」を歌い、3位に入賞。

その後、「イメージの詩/マークⅡ」でデビューされています。

吉田拓郎さんは作詞、作曲、歌い、多くの人々に絶大な影響を及ぼしています。

一時代を築いた先覚者だと思います。同世代を生きてきた人達にとってはまさに青春そのものと思います。

最後まで、ご覧くださりありがとうございます。

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